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日本人の出生率低下が出生数減少に及ぼすインパクト

素浪人 佐藤 隆

出生数の変化は年齢層別人口とその出生率の変化によって生じる。我が国の2010年以降の出生数に関する変動要因分析から、2023年1.20ショックの主因が20歳代後半から30歳代前半世代の急速な出生率低下によることが明らかになった。なお、2030年の出生数を推計すると、出生率が各年齢層で2023年からさらに10%低下した場合、出生数60万人台の維持にも黄色信号が点灯することが予見される。

 分析の背景とねらい

 我が国の出生数の減少に歯止めがかからない。2015年まで100万人を超えていた出生数は、わずか8年後の2023年には72万7千人余りまで急減した。
 その背景にはもちろん、日本人女性の年齢層別人口とその出生率(出生数/女性人口)の変化が関わっている
 我が国の出生率の動向をみると、合計特殊出生率は2010年の1.39から2015年には一時的に1.45まで回復したが,それ以降、特にコロナ禍の中で2020年1.33、2021年1.30,2022年1.26,2023年1.20と急降下してきている。これは、イーロン・マスクの言を俟つまでもなく、我が国社会経済の根底を揺るがしかねない民族存亡の危機に繋がる深刻な問題である。
 ここでは、特に2023年1.20ショックが、この2010年以降これまでの様相と何が違い、どんな特徴がみられるのかを深堀するため、出生数の変化に作用する人口要因と出生率要因によるインパクトとを分けて見ることで、出生率要因の影響を鮮明化することを第一のねらいとしている。
 また、これらの知見を踏まえ、いくつかのシナリオの下に20230年の出生数を試算することにする。

 分析方法

 ある年の出生数は年齢層別女性人口とその出生率の積和である。ここでは、2010から2015年、2015から2020年、2020から2023年の3期間をとって、年齢層ごとの出生数の変化を人口要因と出生率要因に離散的に分解する。
 ある期間(0,t)の出生数Bの変化は、 $$\Delta B = \int_0^t [S(r)\frac{dN(r)}{dr}+\frac{dS(r)}{dr}N(r)]dr$$ となる。これを統計資源制約の下、離散的に $$B_t-B_0 = \sum_{i=1}^{7}(N_{i,t}S_{i,t}-N_{i,0}S_{i,0})$$ $$ = \dfrac{1}{2}\sum_{i=1}^{7}(N_{i,t}-N_{i,0})(S_{i,t}+S_{i,0})$$ $$ +\dfrac{1}{2}\sum_{i=1}^{7}(N_{i,t}+N_{i,0})(S_{i,t}-S_{i,0})\tag{1}$$  と表す(記号の意味は下記)。式(1)の右辺第一項が人口要因インパクト、第二項が出生率要因インパクトに相当する。式中の\(B,N,S\)はそれぞれ出生数、女性人口、出生率を表し、iは年齢階層番号、0とtは期首と期末であることを示す。年齢階層は15歳から49歳までを5歳刻みとし、15-19歳、20-24歳のように7層にわける(合計特殊出生率計算と同様)。
 また、出生率の変化には、結婚率や配偶者率の低下、さらには晩婚化の要因も内包されていると考えられることから、ある期間内において期末の結婚率が期首と同じであったと仮定した場合の出生率\(S_{i,t}^{*}\)を\(S_{i,t}\)×期首の結婚率/期末の結婚率と試算し、\(S_{i,t}^{*}\)の場合の出生率インパクトと\(S_{i,t}\)の場合との差を結婚率の変化による影響とみなした。なお、期間の取り方は統計資源を考慮しただけのものであり、もしも違う期間の取り方をすれば、違う結果になることもあり得ることに留意されたい。また、計算に用いた統計データについては後述する。

 結果:出生数減少の要因分析からみた各期間の特徴

 期間2010~2015年、2015~2020年、2020~2023年の1年当たりの出生数の減少は、それぞれ約1万3千人、3万3千人、3万6千人となっており、減少数は近年ほど多く、2020~2023年では2010~2015年の2倍以上のペースとなっている。
 これらの減少に及ぼした要因別インパクトの大きさには、各期間により明らかな違いが見られる。2010-2015年の期間では、人口減少によるマイナスの影響が大きく、出生率要因は合計特殊出生率の上昇が示すように、むしろプラスに働いている。これが次の2015-2020年の期間では、出生数減少に対して人口変動要因の寄与が約60%をしめ、女性人口の減少が主因となっている(婚姻率要因を考えているので両者で100%を超えている)。
 ところが、これがコロナ禍以降では一変し、人口変動要因がわずかに約13%にとどまり、出生率低下が人口減少の87%も寄与している。
 このように2010年からの14年間をとおしてみると、出生数減少に対し、女性の人口変動による影響は徐々に小さくなる傾向が見られる。これは団塊ジュニアが誕生した1971~1974年をピークに出生数が15年ほど減少し続けた後、次の1990年代の10年間で比較的安定していたことに関係する。しかし、2010年以降もまた減少傾向が続いていることから、仮に現在の出生率を維持できたとしても2020年代後半には出生数減少は免れ得ないことを示唆している。

図1.日本における出生数の変動要因インパクト(1年換算)

グラフ 日本における出生数の変動要因インパクト(1年換算)

 結果:年齢層別の出生率要因インパクト

 図2、図3及び図4は、年齢層による出生数に及ぼす変動要因インパクトの違いを示している(数値は単年換算)。
 図2の2010-2015年では、出生率要因は20歳代がマイナス要因となる一方、30歳以降、特に30歳代後半では大きなプラス要因となっており、晩婚化が進行したことを窺わせる。
 また図3の2010-2015年では、20歳代、30歳代で出生率要因はマイナスに働き、特に20歳代後半でその影響が大きい。結婚率はプラスに寄与したことから、有配偶者の出生率が低下したことを示唆している。
 さらに図4の2020-2023年では、その傾向が一層加速し、特に20歳代後半から30歳代前半のマイナスへの影響が激しい。2023年1.20ショックはこの世代の出生率の低下が主因である。コロナ禍による結婚や出産への影響が、一過性に留まるのか、リモートワークやリモート学習が普及し一般化する中で、そのまま定着していくのかが鍵となり、将来の出生数は大きく左右されることになろう。
 ちなみに、厚生労働省が24日公表した人口動態統計(速報値)によると、2024年1~3月の出生数は、前年同期比6・4%減の17万804人。今のところ少子化の加速に歯止めがかかっていない。しかし、婚姻数は1・3%増の13万6653組となっており、一縷の望みを感じさせる。今後の動向に刮目したい。

図2.2010-2015年の年齢階層別出生数減少に及ぼす変動要因(単年換算)

グラフ 2010-2015年の年齢階層別出生数減少に及ぼす変動要因(単年換算)

図3.2015-2020年の年齢階層別出生数減少に及ぼす変動要因(単年換算)

グラフ 2015-2020年の年齢階層別出生数減少に及ぼす変動要因(単年換算)

図4.2020-2023年の年齢階層別出生数減少に及ぼす変動要因(単年換算)

グラフ 2020-2023年の年齢階層別出生数減少に及ぼす変動要因(単年換算)

 2030年の出生数の予測

 次の4つのシナリオのもとで我が国の2030年における出生数を推計する。

  • シナリオ1:2023年に比べ出生率が各年齢層で一律10%低下(合計特殊出生率:1.08)
  • シナリオ2:2023年の出生率のまま各年齢層で不変(合計特殊出生率:1.20)
  • シナリオ3:2020年の出生率まで各年齢層で回復(合計特殊出生率:1.33)
  • シナリオ4:2010年の出生率まで各年齢層で回復(合計特殊出生率:1.39)

 2030年の日本人女性の年齢階層別人口については、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」の総人口に2023年の総人口に占める日本人口比率を乗じて簡便的に推計した。
 結果は、2023年の出生率のままでは約4万人減少、さらに出生率が10%下落すると60万台すら黄色信号がともるが、2020年のレベル(合計特殊出生率:1.33)まで出生率を押し上げることができたなら、出生数は当面80万台近くまでに回復できる見込みが立つことを示している。

図5.2030年の出生予測数

グラフ 2030年の出生予測数

 まとめ

1. コロナ禍となった2020-2023年での出生数急減の約9割は出生率低下の寄与によるものであった。出生率の低下は、特に20歳代後半から30歳代前半で顕著である。急速な出生率の低下は団塊ジュニアが45歳を迎えた2019年から既にはじまっているが、その後の低下には、コロナ禍による社会の変化も何らかの影響を与えたと考えられる。コロナ禍下では外出が控えられ、同時にリモートワークやリモート学習の普及など、これまでに経験のしたことのない社会の変容が急速に広がった。コロナ禍の下で何が出生率低下に影響を与えたかついては不明である。もしかしたら、2019年の流れがそのまま加速しただけということもあり得る。今後の多角的観点からの調査研究が待たれる。

2. 2030年の出生数を試算すると、2023年時点の出生率から10%低下した場合には出生数は60万人割れにも黄色信号が灯る。一方で2020年のレベル(合計特殊出生率:1.33)までに出生率が戻れば、出生数は、まずは78万人台までの回復が見込まれる。2024年は回復に向かうのか否か、そのベクトルの分岐点になるだろう。出生数の今後の動向に注目したい。

 使用統計

  • 日本人女性人口:2010年、2015年及び2020年の「国勢調査」(総務省)
  • 日本人女性人口:2023年の「住民基本台帳に基づく人口」(総務省)
  • 2030年将来女性人口:「日本の将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 2030年日本人人口:2030年総人口×2023年の日本人人口/総人口
  • 出生数:「人口動態統計」(厚生労働省)
  • 婚姻数:「人口動態統計」(厚生労働省)
  • 合計特殊出生率:「人口動態統計」(厚生労働省)
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